会社概要


商号株式会社富田屋
所在地香川県高松市川部町338-3
TEL087-885-1720
FAX087-886-1231
設立昭和40年5月31日
資本金1,000万円
主な事業麺類の製造および販売
代表者代表取締役 馬場 弘

会社沿革

昭和40年5月高松市西ハゼ町にて株式会社讃高商事を設立
日本製粉株式会社の特約店として小麦粉の販売を開始
昭和40年7月業務拡張のため、高松市川部町に工場を新築、製麺業に参入
平成4年9月業務拡張のため、高松市川部町に第二工場を新築
平成7年3月製麺業務拡張のため、高松市川部町に本社を移転
株式会社富田屋に商号を変更
讃高商事の小麦販売部門を独立
平成22年4月川部町338-3に本社、新工場竣工し、本社を移転

創業者写真

水車富田屋のある川岡地区は、谷川や用水路を流れる水の力を利用し、古くから5つの水車が動力装置として活躍しており、江戸時代から人々に親しまれ、庶民の生活に大きな役割を果たしました。

1.富田水車 2.岡内水車 3.長尾水車 4.野口水車 5.清野水車

そのひとつである富田水車と呼ばれる水車の跡地が、現在の富田屋の旧工場地になります。
富田水車は、本津川支流の古川の上流にあるため上車、下流にある岡内水車は下車の愛称で呼ばれ、明治20年頃に先々代の富田政吉が継いでからは、精米・精麦・製粉を主とし、大正から昭和初期にかけては備中(岡山県)から職人を呼んで 手動でソーメンを製造していました。

精米一俵(60kg)当たりの搗賃(つきちん)は昭和30年頃で約200円見当。精麦一俵につき麦糠三斗が採れましたが、顧客に対し一斗を渡し、二斗を搗賃として残す取り引きが標準になっていたといいます。

江戸時代の創始といわれ、大正末期から昭和の初め頃を最高にして活躍した水車も、その後 内燃機関(石油発動機等)や電力の普及によって次第に減少し、昭和29年頃廃止となり、今では県内でもそのほとんどが姿を消してしまいました。(川岡郷土誌「ふるさと川岡」より引用)

近隣地図